痛風だった歴史上の有名人

世界の歴史

記録に残る日本で初めて痛風患者が報告されたのは1898年(明治31年)で、およそ100年前のことです。明治時代の始めの頃に来日したドイツのベルツ博士は「日本にほとんど痛風はない」と書き残したように、もともと日本人には痛風はあまり馴染みのない病気でした。

しかし、世界的に見るとその歴史は古く、紀元前3500年に記録されたパピルス紙に痛風の記録が残されていました。古代エジプトにおいて、ミイラの関節から痛風の激痛の原因となる「尿酸塩」が見つかっています。

痛風は、ざっと計算しても今から5500年以上という昔から存在している歴史の長い病気といえます。この痛風という病気は、尿酸の代謝異常により、血液中の尿酸が過剰になって、激痛を伴う発作を起こす病気です。

現代は暮らしが豊かになり、飽食の時代です。肉類、魚類、野菜、果実などの食品をすぐに手に入れることができます。あまりにも食べ物が多いため、食べ物を捨ててしまうこともよくあることです。

おいしいものをたくさん食べれた人とそうでない人たち

20世紀の後半になるまではこのような状態は見られませんでした。それまで、人類の歴史は飢餓の特色が強く、食べるものさえ満足に入手できませんでした。

しかし、すべての人がそうであったわけではありません。肉類や酒、果物類を好きなだけ食べたり飲めたりできた人々が存在しました。それは、国王や貴族などの支配者階級および、家臣などの上流階級の人々でした。

痛風だった歴史上の有名人

では、歴史上有名だったどのような人が痛風だったのでしょうか。

エジプトで発掘されたミイラに痛風の痕跡があったことから始まり、王侯貴族としては、アレキサンダー大王やフレデリック大王、ルイ14世という社会の教科書に出てくるような大物人物がそうでした。

ゲーテ 70歳の時の肖像

ゲーテ 70歳の時の肖像 (1828年)

また、文豪からは、ゲーテやダンテ、スタンダール、モーパッサン、ルネッサンス期のライバルとしても名高いレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの二人が入っています。そして、ニュートンやダーウィンなどの科学者、宗教界のルターやクロムウェルなど、実にそうそうたる面々が名を連ねています。

帝王病・ぜいたく病

このように、痛風はかつて王侯貴族などの権力者や裕福な特権階級の人たちがかかる病気として有名でした。そのため、「帝王病」「ぜいたく病」などと呼ばれ、庶民には縁のない病気とされていました。

いかに権力のある人たちがなる病気とはいえ、当時は薬も対処法もなく、ただ痛みに耐えるしかありませんでした。それどころか、腎臓に重大な障害を引き起こし、腎不全から尿毒症を発症して死に至るなど、命にかかわる病気として恐れられていました。

薬もなく有効な対処法もないまま、あの激痛に耐えなければならないというのは想像するだけでもきつく、ほんとうに同情します。現代においては、社会構造が変化したせいもあって、「帝王病」という言葉は使われなくなりました。

しかし、中には美食を好むなどのぜいたくな食生活をして痛風になる人がいることから、「ぜいたく病」という名前はそのまま残っています。

やっぱりぜいたく病

ぜいたく
そして、現在、一般庶民にも飽食の時代が訪れたせいもあって、誰もが痛風にかかるようになりました。それでも「ぜいたく病」という名前はそのまま残っているので、特にぜいたくな食生活をしていなくとも、痛風になると「ぜいたくな食事」をしている人と見られてしまうことがあるのです。

興味深いことに、痛風の歴史を振り返ってみますと、戦争が起きて食糧事情が悪化するとそれに伴って痛風患者も減少しています。戦争がいいのか、痛風がいいのか、どちらにしてもつらい戦いであることに変わりはありません。

こういう事実からも、痛風が食べ過ぎや飲み過ぎに関連した原因の病気であることがわかります。そういう意味ではやはり「ぜいたく病」なのかもしれません。